読書記録
「読了した本を読み直して、学びを再発見」キャンペーンです。
以前に読んだっきり本棚に眠っていた本を掘り起こして、
気になったところをメモ書きしておきます。
今回は「イシューからはじめよ」より。
今自分が本当に取り組むべきイシューをみつけるために必要な手法や考え方が書籍前半にまとめられているのですが、その中で情報収集の注意点について、印象的でしたので取り上げます。
以下、本文中の内容からのメモ。
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イシュー特定のための情報収集のコツ
イシュー特定のためには情報収集、つまり考えるための材料収集が必要である。
時間をかけすぎずに大枠の情報を集め、対象の実態についての肌感覚をもつことで、イシューを特定するための手がかりを得ることができる。
そのコツは3つ。
1つ目。
誰かによってまとめられた二次情報だけを収集して考えるのではなく、現場に赴くことによって自ら一次情報を収集する。
2つ目。
一次情報から得た肌感覚を持ちつつ、その分野の基本情報を、その分野の専門家との会話が成り立つ程度までは素早くスキャンしておく。
そして3つ目。
情報を集めすぎないこと・知りすぎないこと。
「集めすぎ」
情報収集にかけた努力や手間と、その結果得られる情報量にはある程度のところまでは正の相関がある。しかしあるポイントをすぎるとその取り込みのスピードの傾きは小さくなる。
「知りすぎ」
(「イシューからはじめよ」85ページより転載)
ある情報量までは急速に知恵が湧く。
だがある量を超すと急速に生み出される知恵が減り、最も大切なはずの「自分ならではの視点」がゼロに近づいてゆく。
「知識」の増大は必ずしも「知恵」の増大にはつながらない。
むしろ、あるレベルを超すと負に働くことを常に念頭に置いておく。
知りすぎているがゆえに、その世界のタブーや「べき論」に束縛されてしまい、新しい知恵が出にくくなっていることがある。こういった「知りすぎたバカ」にならない範囲で情報収集を止めることが重要である。
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「知りすぎたバカ」という言葉がとても印象的でした。
なんでも知っているという状態、いわゆる博覧強記に憧れる気持ちもあったりして、次々と知識が飛び出してくる人を見ると「かっこいい!」って思うこともあります。
ただその膨大な情報量のなかに思考が伴っていないと情報は知恵に昇華することができず、ただただその情報量の重さに体が潰されてしまって、身動きが取れなくなってしまいます。
情報過多(インフォデミック)な現在において、無作為に手当たりしだいに情報を集めたり、目に入ってきた情報を溜め込んでいくと、逆にアイデアも気づきも得られない「知りすぎたバカ」になってしまう 。
知恵にできてこその情報収集であることを、今一度思い起こさせられました。